2007年03月01日

雑記



年頭からの、いちゃもんのつづき。

この人からもらった物に、象牙の茶杓がある。
この土地では、どこの家でも抹茶をやる。
マイ茶碗、マイ道具を持つ人が多いのだが、
私の家では抹茶をやる習慣がなかった。
もちろん、お茶は飲むのだが、煎茶であり番茶である。
使い道のない茶杓だが、缶ピースの空缶に絵筆等と
林立していて耳かきの親分の域を出ていない。

その昔、60年ほど前は、たいていの家の畑の片隅には
茶が植えてあり五月の連休の頃には一斉に茶摘があり
1年分のお茶を作るのが行事で、その後に待っている
田植えで指先が黒くなるのが、異常に嫌だった
記憶がある。
でも家で作るお茶は旨かった。
全部良いものができるわけではないのだが、
時として良質の茶ができる。
その新茶の味は今も懐かしい。
田植えをする前の水田にはタニシがいっぱいいた。
竹かごに拾い集めては婆さんが味付けして煮たり、
木の芽和えをしたり充分に旬の味を楽しんだものだ。
まだいろいろな生き物が田んぼにはいた。
足に吸い付いて吸血するヒルもいたし、ゲンゴロウや
水カマキリもいた。水田の畦道に沿い、きまって
小川が流れていて生活用水にもなっていた。
野菜を洗ったり、食器を洗ったり、春の裂蹄前の牛を
立たせたりもした。蛙や蛇もいたしネズミやイタチも
時々顔を出した。ウナギやナマズやモクズ蟹も
産卵期になると、遡上してきた。
戦後の動物蛋白の補給には欠かせないものだった。
その頃のガキ共の遊びにドジョウ捕りがあった。
陽が落ちた頃から出かける。日没から1時間位が、
一番良く夜が更けると共にドジョウ達は眠りから覚め
動き始める。それでも、一晩で1升から2升位とれた。
味噌汁にもしたし、売った気もする。
夜な夜なドジョウと遊んだガキ友も元気でいるらしい。
ふるさとの風がやさしく教えてくれた。


今月も、なんだかよくわかりませんが、長い長い昔話の原稿がでてきました。
いちゃもん?続きなのかどうか、よくわかりません。笑(HP担当)

posted by てれすこ親父 at 10:00| 絵日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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